The Echo
アート作品を語る知性のアップデート
お気に入りの展覧会や作品について、誰かと感想やアイデアを語り合いたい と思ったことはないだろうか。
私たちは、語ることで自分を形作る。アートが残すインスピレーションも 例外ではない。週末の数時間を使って作品の前に立ったあと、その手応え を言葉にしないまま放っておけば、繊細な感覚は忙しい日常のなかへ静か に流されていく。週末のたびにそれを繰り返し、ただ消え去るのを見送る だけなのは、あまりにもったいない。
そして、語ることはアートにとってもポジティブな営みである。
アートを定義するのは、作品をめぐる健全な批評だ。アート史を変えて きた作品の背後には、つねにそれを思想的に支える批評の言語があった。 だが現代において、批評はもう一部の専門家のものではない。作品は、 作家の手を離れたあと、人と人との出会いのなかであらためて立ち上がる。 観客はそこで意味の受け手であることをやめ、その生成に加担する共犯者 になる。
アート作品を成立させる「関係性」は、作品にかかわる人々のあいだの、 健全でフェアな対話によって強化される。それは、批評の新しい一つの かたちだ。
しかし、実際に作品をめぐって交わされる言葉は、驚くほど少ない。
アートが喚起する深く繊細な感覚や概念は、いいねや再投稿に最適化 されたソーシャルネットワークには馴染まない。エンゲージメントを 稼ぐために尖らされた言葉は、作品との出会いの震えを記録するには 粗すぎる。何か別のインターフェースが必要だ。
その実装として、ひとつのプロジェクトを立ち上げた。
プロジェクト名は 「The Echo」。次の四つの段階で 進んでいく。
1. 起点となる対話の生成
特定の展覧会あるいは作品について、作品を多面的に見つめるための 対話を行う。記録は Substack に掲載し、Podcast 化して Spotify ほか 各音声プラットフォームへ配信する。
2. 一般ユーザーと生成 AI の対話
同じ展覧会あるいは作品について、ユーザーが生成 AI と自由に語り合 えるインターフェースを公開する。AI は (1) で得られた起点の対話と、 そこから引き出された示唆を参照して応答する。ユーザーは望めば、 自分の対話記録を The Echo のデータベースに保存できる。保存された 対話は、以後すべての他ユーザーへの応答生成時に参照される。
3. 集合的知性の確立
対話の蓄積が増えるほど、生成 AI はその展覧会・作品についての 人々の感想とアイデアの集合体となっていく。新しい訪問者は、それ まで展覧会・作品を見てきた人々の仮想的な集合知と語り合えるよう になる。当然、作家やキュレーターもこの対話に加わってよい。AI に とって、彼らと一般ユーザーのあいだに区別はない。すべての言葉は 等しくデータベースに登録され、ベクトル化され、次の一文字の予測 へと反映されていく。
4. 新たな訪問の促進
展覧会を訪れていない人、作品をまだ見ていない人も、AI との対話を 通じて見どころや楽しみ方を知ることができる。それが新たな訪問を 生み、さらなる対話の蓄積へとつながっていく。
生成 AI のモデルと、それを駆動するプロンプトは常に公開する (公開プロンプト)。ユーザーの対話記録は、 プライバシー保護のために公開しない (プライバシーポリシー)。
このプロジェクトの新しさは、これまで人と作品だけだったアートの 関係性に、AI が新たな項として加わるところにある。
ただし、AI を含めたすべての中心にあるのは、作品だ。アートの世界 において、作品以上の価値を持つものはない。それ以外のすべて ──批評家、キュレーター、コレクター、観客、そして AI──は、 作品のサーバント(従者)である。
これは、アート作品を語る知性のアップデートである。これまで人間の 頭のなかや、書物や、断片的なポストに散らばっていた言葉を、ひとつ の場所に集め、対話可能なかたちに編み直す試みだ。次に展覧会を訪れる 誰か、その作品を見る誰かは、作品の前で、これまでこの作品の前に 立ったすべての人々と──そして AI と──同時に語り合うことになる。
このプロジェクトから、もし新たな作品が生まれるようなことがあれば、 それ以上に光栄なことはない。